シリーズ

第4回編集長だより

第3回から第8回かけて私に変化をもたらしてくれた人・ものを紹介しています。

今回は私の大好きなあの方たちが登場します。

その2:全力で楽しむ人たち

はじめましての夜

離島ワーホリ参加中は崎村地区にあるシェアハウスに滞在していました。

滞在2日目の夜、崎村の方たちがBBQに呼んで下さり旧崎小学校に向かいました。

他の学生から崎村の人たちの話は聞いていたものの、お会いするのはその日の夜が初めてでした。

初めて皆さんにお会いした時の印象。

怖い。見た目が怖い。かなり怖い。

それが正直な初対面の印象でした。

「今夜は呑め!食え!遠慮はいらんからな!」

そう言うと、沢山の豪華な魚介類やお肉、野菜、お酒を次から次へと出してくれました。

この人たちは自分の欲ってのはないんか。ほんまに人間なんか。

そう思ってしまうほど、太っ腹というか、おもてなし精神が凄いというか。

BBQが始まって少しすると、「こと!」と呼ばれるようになり、その親しみやすさと面白さで最初の怖い印象は徐々になくなっていきました。

どう表現するのが正解なのかはわからないけれど、見ず知らずの私たち学生に対しても自分の家族や村の仲間と同等に接してくれる、「来るものは拒まない」感がすごい人たちだと思いました。

あの一言がなければ今の私はいない

BBQが終わり、崎村の方たちでされている崎バンドの練習にお邪魔させてもらうことになりました。

崎バンドの練習風景は驚くことばかりでした。

やる曲は決まっていない。片手にビール、片手に楽器。楽譜もない。固定パートもない。

「なにからするだがー?」

の一言で始まった福山雅治のHELLO。‘そんなはずはないさ’ではじまるイントロでボーカルへのツッコミと大爆笑の嵐。サビまで辿り着かない。

超ぐだぐだやん。

最初の印象はそれでした。

ピアノや吹奏楽の経験があるが私の知っている合奏風景とはかなり違うと言うと、「じゃあキーボードやってみたら?参加するならする、しないならしない。」そう言われました。

酔っていたこともあり、つい勢いで

「じゃあやります!」

言ってしまいました。本当に勢いでした。

大学入学と同時に辞めてしまったピアノを避けていた私だったので、勢いで返事をしてしまったことをその日の夜はかなり後悔しました。

全力な人たち

次の日の夜から崎バンドの練習に参加するようになりました。

相変わらず片手にビールを持ちながらの練習。数日後に発表の場があると言いつつ曲も決まっていない。サビまで辿り着かない曲。

本当にぐだぐだでした。でも、確実に言えるのは全員が楽しんでいるということ。

30、40、上を見れば60代の大人たちがジャンプしたり、変顔したり、大声で叫んだり。屈託のないの笑顔で笑っていて。見ているこちらが元気になるというか、思わずつられて笑ってしまうというか、そんな毎晩の練習でした。

ずっと避けてきたピアノも、崎バンドでキーボードをやっていくうちにどんどん楽しくなってきて。上手いとか下手とかどうでもいいや。みんなで合わせて盛り上がって楽しければそれでいい。段々とそう思えるようになっていきました。

「おい、こと!」と呼んで貰える事がすごく嬉しくて。学生の私を崎バンドのメンバーと分け隔てなく接してくれて。練習の度にどんどん崎村の虜になって、この人たちと一緒に楽しみたい!と思う自分がいました。

熱くて暑い夜とあついきもち

崎村のみなさんには崎バンド以外でもたくさんお世話になりました。

「裏」キンニャモニャ

海士町の夏の一大イベント・キンニャモニャ祭り。

平成最後のキンニャモニャ祭りは台風20号・21号の影響で中止されることになりました。

そこで生まれたのが「裏」キンニャモニャ祭り。崎村の壮青会の方が考案されたお祭りです。

大人から子どもまで80人以上の人が集まりました。

好きに集まって好きに飲み食いして、疲れるまで好きなように歌う。

曲もプログラムも出演者も決まってない!とりあえず全部自由!必要なのは全力で楽しむこと!

そんなお祭りでした。

会場全体がとにかく熱くて、全力で歌って、踊って、笑って、泣いて。

あの日の夜は私が私じゃないみたいに全力で笑っていて、気付いたら歌を聴きながら泣いていました。自分でも何故泣いているのかわからなかったけれど、涙が溢れて止まらなくて。哀しいわけじゃない、ただひたすら楽しいだけなのに。

心が揺さぶられた、というか、心が持ってかれた。そんな夜だったと思います。

送別会

本土に帰る日の前夜、崎村のみなさんに送別会を開いてもらうことになりました。

いつも以上に豪華な料理にお酒。「好きなだけ呑んで食え。」相変わらずの太っ腹なおもてなしでお腹も胸もいっぱいになりました。

「こと、ちょっとおいで。」そう言って渡されたのは崎村のTシャツとポロシャツ。

「お前はバンドやってくれたけん、もう崎村の人間やけん。」

嬉しすぎて、テンションが上がりすぎて、その場で着替えたことを今でも覚えています。

食事のあとは崎バンドでカラオケ大会。学生も崎村の人もみんなが歌って踊って。マイクを持って歌って、ほうきを持ってエアギターをして。

本当に楽しくて。でもお別れが寂しくて悲しくて。

涙でぼろぼろの私に「また帰ってきたらいいけ。」との言葉。ますます涙が止まりませんでした。

お見送り

本土に帰る日。沢山の人がお見送りに来てくれました。

その日のことを思い出すと真っ先に浮かんでくるのは崎村の皆さんが用意してくれたカラフルなカーラーテープのいろです。

さすが崎村、太っ腹すぎる。

見たこともないくらいたくさんの色のカラーテープ。「帰って来いよ!」とフェリーに向かって叫ぶ声。

胸がいっぱいで、さみしくて、お別れが辛くて。涙が溢れて止まりませんでした。

「絶対また帰ってくる。」強く思いました。

一度きりの人生を「全力」で

本土に帰ってから崎村のみなさんにお礼のメッセージを送りました。

「いつでも帰っておいで」「また一緒にバンドやろう」「来てくれてありがとう」

たくさんのあたたかいお返事が返ってきて本当に嬉しかったです。その中でも特に心に残っているのは、

「楽しめないのは崎じゃない、楽しむ場所=崎村!」

「真面目に生きても楽しいかもしれんけど、真面目に馬鹿したらもっと楽しいぞ!」

「崎のおっさん連中は楽しいことに全力だからな」

読んでいて、確かにそうだと思うことばかりでした。

崎のみなさんは本当にいつも全力で。楽しむことも、おもてなしも、地域のために考え、活動することも。

どんなことに対しても全力で真面目な人たちばかり。だからこそ村の仲間や、村以外の地域の人、私たちのような島外の人間に対してもあたたかい。誰に対してもまっすぐに平等に向き合ってくれる。そんな人たちです。

崎村のみなさんには「全力になること」を教えていただきました。

真面目に堅苦しく頑張ることが全てじゃない。

全力で努力することも大事だけれど、全力で楽しむことはもっと大事。

生きてれば辛いことも苦しいこともあるだろうけど、その時を、一瞬を全力で生きてればなんとかなる。

一度きりの人生、全力で楽しまないと!!!

そんなふうに思わせてくれた崎村のみなさんが大好きです。

第4回、ついつい長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました!